黄昏の刻 第11話


「なかなか興味深い内容だね」

シュナイゼルは楽しげに目を細めながら、大きく頷いた。
その手には5枚にもわたる手紙。
ブリタニア総督府宛に送られてきた手紙で、封筒の裏にはこう書かれていた。
- anonymous -

「匿名か・・・本名という事ははないだろうね。名を公にできない人物、あるいは、名乗るべき名がないのかな?」

この手紙から理解るのは、自尊心が随分と強いという事。
思わず引き込まれてしまう文章、心を揺すぶる言葉の数々。それらは表面的なものではなく、この人物は確固たる信念を持っており、その信念を貫き通せるだけの知識と見識を持っていることが理解る。
強すぎるほどの自己主張を文面から感じ取れるのだが、自分が何者かを示す名前も住所もでたらめ。年齢性別生まれ。それらの情報は何も得られない。
自己主張が強いのか、弱いのか。
なんともおかしな人物だと言いながら視線を向けると、カノンが首を横に振った。

「残念ながら、使用されているレターセットは一般の小売店で売られている最もポピュラーなタイプの物ですわ。プリンターとインクも、有名メーカーの売り上げ1位を記録している物。指紋に関しても説明した方がいいのかしら?」

消印を調べても、何を調べても、出した人物を特定するものは出てこないだろう。
・・・いや、出て来なかったからこそ、カノンは持ってきたのだ。
この内容に興味をもつだろう、主のもとへ。

「そこまで徹底しているなら、何を調べてもたどり着けないだろうね」

だから、シュナイゼルもそれ以上尋ねる愚は犯さない。

「あら?見つけてどうする気なのかしら?」

楽しげに眼を細め、カノンは尋ねた。

「話をしてみたいじゃないか。これだけの事を考えられる人物ならば」
「珍しいこともあるものね。雨が振るんじゃないかしら」

他人に興味を覚えるなんて。

「君は読んだのかね?」
「もちろんですわ」
「感想を聞いても?」
「ええ、もちろん。・・・良く似ておられると思います」
「誰に?」
「もちろん・・・ルルーシュ様、いえ、初代ゼロに」




「・・・なんだ、また書いているのか、ラブレターを」
「ラブレターじゃない!意見書だ!」
「似たようなものだろう?ナナリー宛て・・・いや、ナナリーの力になれる実力者当てに出しているのだからな」

宛先は全てブリタニア総督府だが、内容を見れば総督府内の誰宛か理解るようにしているため、細かい宛先が不明でも、こちらが望む相手の元に届くだろう。
そのぐらいには、優秀なはずだ。
ただ、匿名を名乗る者として報告されるか、あるいは私欲にかられた者が自らの手柄にするか。内容が内容だから、握り潰される可能性は低いが、ゼロではない。
そんな不確定なものに精力を注ぐなど、私からすれば馬鹿馬鹿しい事だが、呆れた事にこの手紙が、今のこの男にとって唯一の趣味なのだ。

「違うと言っているだろう」

文句を言いながらも、ルルーシュの指は止まらない。
ブリタニアを離れ、オーストラリアに渡り、マオが残した人里離れた一軒家でのんびりと世界の流れを見ていたのだが、やはりというべきか話し合いで平和解決という夢物語は、早々に口論と馬事雑言の場へと姿を変えた。 此処にゼロ・・・ルルーシュがいればあっさりと静まるのだろうが、残念ながらあのゼロはスザクだ。
上手く言葉で鎮める頭は無い。
暴力を振るった相手を制圧するにはうってつけの人材でも、攻撃ではなく口撃には無力に等しい。寧ろ口を出せば馬鹿だとばれかねないから、下手に動けない。そこで威力を発揮するのがシュナイゼルなのだが、シュナイゼルは世界平和のためなら武力(ダモクレス)で押さえつけるという選択をあっさり選んだような男だ。
ルルーシュが理想とする・・・いや、ユーフェミアとナナリーが理想としているだろう話し合いに持っていこうという姿は見えるのだが、こんな非効率な手を打つぐらいなら、裏から手をまわして各国をじわじわと侵略する方が早いのではないだろうか?という考えが駄々漏れ・・・らしい。
それが解るのはルルーシュぐらいだろうが。
どうにかこうにか議会は進んでいるが、今のままではだめだ、もっとやりようがあるだろうと憤慨したルルーシュは、こうして意見書という名のラブレターを出す様になった。
最初は出すのをためらっていたくせに、1回出すと迷いが消えたのか、今では生き生きと(死んでいるのだが)画面に向かっている。
暇つぶしに画面を覗き見て、おいこれ大丈夫なのか?思いっきりこれ、お前の文章だとばれないか?とC.C.は思うのだが、まさか読んだ相手はルルーシュ本人が打っているなど思わないかと放置した。
何処をどう見てもゼロ=ルルーシュの書いた文章だが、ゼロをリスペクトした変態とか、信奉者とか、自分もゼロのようになりたいと考えてる頭でっかちが書いていると取られるはずだ。
ルルーシュの死は疑いようは無い。
民衆の目の前で串刺しにされ、物言わぬ死体となった姿はカメラにも収められていた。
なによりこいつはしっかりこんがり丸焼けになり、残ったのは僅かな遺骨だけ。
それを関係者が目にしているのだ。
生存を疑う者などいないだろうし、幽霊になってポルターガイスト現象を起こすことで執筆しているなんて思いついたら、そいつは間違いなく変態だ。
とはいえ、この場所が知られることはルルーシュも警戒しており、指紋や埃の類を一切付けないようにと、透明の箱の中に手をつっこんで(すり抜けて)プリンターを操作している。プリンターから数枚の用紙が流れ出てくると、ルルーシュはそれらを透明な箱から出すことなくその場で折りたたみ、封筒に入れた。もちろん総督府の住所も印刷済みだ。最もポピュラーなノリで封をし、切手を張り付けると、ビニールの袋に入れて封をする。それをこの透明の箱唯一の開閉口へ移動させ、僅かに隙間を開けると、そこから箱の外へ出す。 これで指紋一つ付かない完ぺきなラブレターが完成するのだ。
後はこれを投函する際に、透明な袋の封を開け、この袋の口をポストに向けて中身を滑り落とせば完了だ。
投函した国や捺印した郵便局が解ったとしても、それ以上を探るのは不可能に近いので、オーストラリアの町から離れたこの場所が知られる確率は限りなくゼロだ。
シュナイゼルでも見つけだすのは無理だろう。


幽霊生活も様になってきたルルーシュは、若干壁抜けに問題はあるが、幽霊らしくこうして物を素通りしたり、ある程度触れるまでになっていた。
つまり今は簡単な料理も作るし、洗濯、掃除も時間はかかるがやっている。
口うるさいが、それでもC.C.の事をちゃんと見て、世話を焼いてくれるというのは、今までひとりでさまよい続けていた魔女には、やはり手放しがたいものだった。
人に愛情を注ぎこむことに慣れた男は、不老不死の魔女相手にも惜しみない愛情を注ぎこんでくれる。

ああ、幸せだな。

新たな文章の打ち込みを開始したルルーシュを眺めながら、C.C.は大きな欠伸をした。
穏やかに流れる優しい時間。
逃げる必要も、隠れる必要もなく、寒さに震えることもなく、飢えることさえない。
信頼し、信頼され、同じ空間にいることが、当たり前な相手がいる。
ああ、こんなにも幸せだったことが、嘗てあっただろうか。
軽いタッチで撃ち込まれるキーボードの音は、耳にここち良い。
魔女はすっかり毒気を抜かれ、警戒心を抱くことなく眠りについた。
誰も訪れるものはいないだろう、村から離れたこの場所で。
誰も来るはずがないと、油断をして。
この家にいるのは、C.C.とルルーシュだけ。

部屋の扉が音もなく開いたのは、それから間もなくの事だった。

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